「空間」から「事物連関」に遊び場を変える

塚本由晴
東京工業大学大学院教授、アトリエ・ワン

地域にある資源を伝統的な技術で加工する工房というものが各地にある。そこでのものづくりは材料自体がもつ性質に、人の手だけでなく、強い日差しや、乾いた風、冷涼な空気、透き通った水、薪を燃やした火や煙、湯や蒸気などが働きかけて、変形、変質を促すものである。その工程は材料の都合を無視しては成立せず、手順を入れ替えることもできない。人間が見つけたけれど勝手にはできない、ものづくりの不変の工程において、先に挙げた事物どうしは人の手や各種の道具、作業台、工房の建物を含めて互いに連関している。ハイデガーはこの連関の総体を道具連関とよび、その総体なしに個々の道具は存在できず、道具を用いる人間もこの道具連関の前にいる世界内存在であると説き、唯我論に対抗した。実は、事物連関から建築を捉えることは、20世紀の建築を牽引した批評言語である「空間」への対抗も準備している。なぜなら存在を規定していた既存の事物連関から解放され、自由にふるまえるようになる抽象化の働きが「空間」にはあるからである。ちなみにハイデガーはそれを「開け広げる」と呼んでいる。事物連関から離れた何だかわからないその先を、ひとまず措定するのが「空間」である。その概念なしに、近代は人権、平等、民主主義などを広めることはできなかっただろう。だがプラネタリーバウンダリーを超え、将来世代の地球を搾取し、南北格差を深めている現在の人間活動の根底に、ひたすら拡大しようとする資本主義と「空間」の結びつきがあるのも確かである。既存の連関から離脱したとしても、結局は別の連関に繋ぎこまれるのだが「空間」はその新たな繋ぎ込みを説明できないという意味で、批評言語として失効している。代わりに「事物連関」を建築の批評言語にすると、想像力も建築から発して地域や社会、自然へと広がる。すると私たちと身の回りの資源の間にさまざまな障壁があり、ふるまいがロック(施錠)されていることを発見するだろう。この障壁を崩し、資源へのより良いアクセシビリティを確保することで、ふるまいをアンロック(解錠)する挑戦が建築の創作の根拠になる。また最初に述べたものづくりの不変の工程は反復に耐えている。それを可能にする事物の連関と配列が「そのものの中にある建築」であると言えるだろう。その考え方は、工房でなくとも反復に耐えているほとんどの建築に当てはまる。「そのものの中にある建築」をもとに、建設産業の合理性に向けて様式化された建築を見直していくことも建築の創作の根拠になる。批評言語がややこしいなら、遊び場のことだと思えば良い。「空間」から「事物連関」に遊び場を変えることで、建築の創作はリフレッシュされる。発酵の原理を利用したものづくりも不変の工程を持っている。発酵資源へのより良いアクセシビリティを確保し、発酵の中にある建築を見つけ、「事物連関」という建築創作の遊び場を広げてみたいものである。