ご挨拶

白川 裕信
公益財団法人 ギャラリーエークワッド館長

当ギャラリーは創設以来17年間、建築を取り巻く幅広い領域に着目し、豊かな暮らしや社会の実現に向けて活動して参りました。今回は私たちの暮らしの基本である衣食住の「食」に焦点を当て、「発酵と暮らし」をテーマにしています。発酵とは微生物の働きを巧みに応用して人間に有用な物質をつくり出すことで、人類はその歴史の黎明期から関わりをもって暮らしています。
この技術によって作られる味噌、醤油、酒、納豆、酢、チーズやヨーグルトなど、身近にある数多くの発酵食品は美味しいだけでなく、保存性が良く、栄養価も高く、私たちの食生活に欠かせないものばかりです。食物繊維と一緒に摂取したり、発酵食品同士の食べ合わせ方を工夫することで効能が高まることも知られています。

本展では日本の食文化を代表する「醤油」について、小豆島での製造方法を例に、木桶や蔵と発酵との関わりについても紹介しています。農業分野では発酵技術によって土壌を作り、生命力あふれた栄養豊富な野菜や果物を育てるという取り組みがあります。本展のイベントで上映予定の映画『いただきます2 ここは、発酵の楽園』でこのユニークな農法が紹介されています。

発酵は食品以外に抗生物質などの医薬品、アミノ酸をはじめビタミンなどの化学製品、酵素の製造などで大いに活用されていますが、近年は環境浄化にも応用されています。また、衣や住の分野にもあって、例えば布の染料用の藍は灰汁発酵で作られ、建築で使用される土壁は、土に混ぜた藁の発酵によって性能を向上させています。衣食住すべての分野で暮らしを支えている微生物の働きは気候風土と深いかかわりがありますが、人間の遺伝子も同様に長い時間の経過の中でその影響を受けており、ひいては民族の嗜好にも及んでいるとのことです。世界中にその土地固有の発酵食品があり、日本では地域ごとに発酵文化があることからも頷けます。
わずか数ミクロン、或いはそれ以下の微生物の活動は日常全く意識されることはありませんが、生態系に欠かすことのできない大きな存在です。発酵文化を通して教えられることは、人間が生存する前提に気候風土があり、それぞれの民族の中で先人が築いた知恵と経験、さらにこれに科学的知見が加わって私たちの健康で豊かな暮らしがある、ということです。

最後になりますが、本展開催にあたりご協力いただきました関係者、関係機関に対しまして深謝申し上げます。