白川 裕信
ギャラリーエークワッド 館長
千田泰広氏はライトアートの作家として世界を牽引しています。
当ギャラリーはこれまで17年に及ぶ活動の中で、初めて光をテーマにした展覧会を開催します。
彼のインスタレーションの特徴の一つは、光をモチーフにした環境への応答です。陽の光や夜の街の灯りを科学的知見と手わざによってコントロールし、場所のポテンシャルを際立たせます。
昨年11月、松本PARCOの屋上でこれを体験しました。曇天の午後、たくさんの穴のあいた金属板で囲われた均質な明るさの空間に佇んでいると、様相が激変しました。「え、え、えっ・・・」その瞬間の素直な気持ちです。雲間を縫って陽の光が西側の壁から一本一本筋状になって射しこみ、内部を埋め尽くし、幻想的な光景を現出させました。何の変哲もない屋上に、ポンと置かれたたくさんの穴の開いた金属ボックスは、空間に分け入って通過する光を筋状に可視化し、大きな感動を与えてくれました。
彼の作品は他に、周りの環境と切り離された空間の中で完結するタイプのものもあります。
今回の展示はこの系列に属します。本稿を執筆している時点では展示を観ることはできませんが、繊細な仕掛けの中に様々な想いが込められるようです。
「千田泰広-視野の外は何色か?」タイトルには難しい問いかけが添えられています。
子どもの頃は目の前に見えるものが現実の唯一の姿だと思っていた。それが、自分の中の価値観、知識、身体的な面も含めた経験量などによって違う現実が見えてくる、言い換えれば「現実」に対して異なる認識が生じる、という意味が込められていると解釈しています。このことを想像力や技術力(先端テクノロジーから手わざ迄)を駆使して可視化しようというのがインスタレーションのネライだと思います。
彼はこれまで天文学、哲学、音楽関係の専門家との対話や協働を創造の触媒にし、また作品の意味を論理づける手掛かりにもしています。
以前自然科学を扱う研究所を訪問した際に、図書室の司書の方が言われていました。
「物理学の本は数学と異なり、稀に退場を余儀なくされることがあります」
事象を裏付ける論理は、ある時点では正しいと考えられていても、後年の新しい発見によって否定されることがある、という意味です。
光という物理学と共通のモチーフを使って、見る人の知覚や体性感覚に働きかけて世界認識を広げる、或いは変容させるという試みに正誤はありません。彼のアートは美しさの追求だけでなく、観る側の「想像の余白」を刺激します。また本人の意図を超える瞬間があるのかもしれません。インスタレーションの価値はまさしくここに見出されます。
まずは先入観なしに千田泰広のアートの世界に触れてみませんか、そこから自由に想像をめぐらしてみてください。
最後になりますが、118回目となる本展の開催に際し、ご協力いただきました皆様に深謝申し上げます。