ご挨拶

白川 裕信
ギャラリーエークワッド 館長

昨年来コロナ禍の影響は運営面、取材面で大きな制約となっています。本展でも企画を進めていく上で、関係機関の方々と直接お会いできるまでには数カ月を要しました。
これまで「暮らし」の視点で多くの企画を実現してきました。今回木下直之氏のご指導を受けて義足を取り上げることで、暮らしの中に身体という視点が加わりました。様々な理由で足のない人の身体の一部として暮らしを支える道具が義足であり、日常の歩行用とスポーツ用に開発されたものがあります。義足ユーザーは義肢装具士、医師、看護師、理学療法士、この他にも多くの人と関わります。本展では章立で義足製作を中心に、義足の今、日本における歴史、近未来に向けた取り組み、社会活動を紹介します。
新規に制作した映像「義足を作る」は、義肢装具士の臼井二美男氏が、ユーザーの痛みや不安に寄り添い、人生に向き合う姿を捉えています。氏は義足づくりの延長として義足ユーザーが集う陸上クラブを主宰しています。自ら手を取り、そしてユーザー同士が手を取り合う訓練の場は、多くの参加者に一歩踏み出す勇気や希望を与えてきました。その映像も上映しています。
山中俊治研究室がデザインした「美しい義足」が、以前は目の前にむき出しの義足があっても、まるでそれが見えていないかのようにしていた友人たちと義足について会話するきっかけをつくった、というあるユーザーのコメントがあります。このエピソードはデザインが持つチカラというものを認識させてくれます。加えて、デジタル技術によって一人一人にフィットする義足が、より短時間で多くのユーザーに届く未来を目指して進められている研究開発の今を展示しています。
義足ユーザーやそれに向き合う人々への取材を通して、障がいとは疾患や不自由さを持った身体の状態というよりも、他者とのコミュニケーションの断絶を生じさせている心の状態であるということを感じました。社会のダイバーシティとは、他人の視線に惑わされることがなく、お互いが相手に対する寛容さや想像力を持つことによって理解を深めることができ、心の障壁が取り払われていくような社会のあり様かもしれません。
義足を取り巻く状況は、日本社会の姿を考える重要な視点を提示してくれます。
今回の企画は、ダイバーシティを考える上でのテーマ設定の一つであり、全体を包括できるものではありません。展示内容が限定的であることをお断りさせていただきます。
会期中にはトークショーを開催します。日本社会のありたい姿を考えるきっかけづくりになることを期待しています。
最後に、主催の竹中育英会、ご協力いただきました皆様、関係機関に対し、深謝申し上げます。