折り紙建築は1981年に茶谷正洋氏によって創始された新しい芸術様式(Art Form)です。氏の作品は数千を超え、古今東西の建造物のみならず、文字、四季折々の行事、動植物など森羅万象が折り込まれています。往復はがき大のカードを開くと立体が現れ、建造物に限って言えば90度に開いて鑑賞するものと、180度に開いて鑑賞するものがあります。氏によれば180度開きが初めに作られ、より簡単に作る方法として90度開きが考え出されたとの事です。
折り紙建築のルーツは19世紀のロシア、チェコを中心に発展した飛び出す(立ち上がる)絵本に求めることが出来ます。ただし飛び出す絵本というからには絵が描いてあり、立体になる部分も例外ではありません。それに対し折り紙建築は一切絵を描かず、紙の造形によって対象を表現するのが特徴です。それはあたかも建築のボリュームのみを捉えた模型の様であり、ディテールを取り去った建物の形のエッセンスを際立たせています。
造形教育の歴史にも折り紙建築の足跡がみつかります。建築デザインの基礎は造形(空間構成)です。造形教育の歴史に大きな足跡を残した造形学校バウハウスには、予備課程の教師ジョセフ・アルバースの有名な課題として紙を扱う演習がありました。加工を「切る、折る、曲げる」に限定し、付け足すこと、切り捨てることはせずに、平面である紙という素材の可能性を試行錯誤の後に発見させるものでした。1923~33年に行われたこの授業での学生作品の写真を見ると、折り紙建築に近いものがすでに作られています。
国内では造形教育の基礎造りに尽力した高山正喜久氏の著書『立体構成の基礎』(美術出版社、1970)や、朝倉直巳著『紙による構成・デザイン』(美術出版社、1971)にも明らかに折り紙建築と同じ手法のものが紹介されています。
一方で、日本には折り畳む文化があります。屏風、着物や帯、風呂敷や布団など使わない時には平らに折り畳み、コンパクトに収納するというアイデアです。折り紙建築は、紙で立体造形を折るという伝承折り紙に通ずる技と、折り畳む文化を融合させた新しい日本発のペーパーアートだと思っています。
ポップアップカードは、しばしばクリスマスカードや挨拶状に使われます。平面だったカードを開いた瞬間、立体が起き上がるとほとんどの人は感動します。より大きな感動を呼ぶためには、カラフルにする、飛び出すものを盛り沢山にする、開いた瞬間音や音楽が鳴り出す、香水をしみ込ませておく…などなど、これらの足し算的な発想は多くの人を楽しませることができますが、引き算的な発想の解はないのだろうか…その答えが折り紙建築です。
折り紙建築は絵を描かず、紙の造形だけで表現することが原則であり、色は白かアイボリーが基本です。デッサンの練習で使う純白の石膏像に清楚な美を感じ、無限の色彩の想像力を掻き立たせられるのは私だけではないはずです。また、デザインでものを表現する場合、あくまでも忠実に現物に近づけようとするアプローチと、象徴的な特徴を捉え、思い切って単純化する方法があります。折り紙建築は後者であり、それゆえに「引き算の美学」あるいは「エッセンスの美学」と言えるのではないでしょうか。