ご挨拶
公益財団法人 ギャラリーエークワッド 館長 白川 裕信

2021年に開幕する最初の展覧会は、「樹の一脚展」です。第112回目となります。
「一脚展」という企画は2011年に兵庫県で始まっており、県内で活動する家具作家の方々の木製の新作椅子の展示を中心にした企画で、毎年開催されてきました。本展にはこれに関わってこられた方も参画されています。
今回展示する30脚の椅子は二つの地域(兵庫県神戸市の六甲山と埼玉県三富地域)の未活用材を使用しており、それぞれ15脚ずつあります。招聘した作家の方が二手に分かれて制作したもので、出展者全員が地域材を使うのは今回が初めてです。六甲山は古くから人々の暮らしに密接に関わりのあった場所で、樹木の過剰消費に起因した土砂災害を防止する目的で、約120年前に植林が始まっています。今日では、この森林資源を有効に活用し、保全のサイクルを回していくための新たな取り組みが必要になっています。埼玉県三富地域は凡そ320年以上前、藩主となった柳沢吉保によって江戸の食糧確保のために開拓の命が下された場所で、入植者を集め、短冊状の土地を均等に与え、開墾させたという歴史があります。厳しい自然環境を克服するための方策として、短冊状の区画の中を屋敷・畑・平地林の3つにゾーニングし、落ち葉堆肥農法という資源循環型農業システムが構築され、現在に至っています。この地域でも平地林の保全のための間伐材の活用が課題です。地域材を使うという拘りは、日本の森林資源の保全という課題に向き合うことであり、SDGsに掲げる人類及び地球の持続的開発へのチャレンジでもあります。
展覧会のもう一つのテーマは、作家の方が本展のために精魂を込めて制作した椅子を体感できるということです。「人は伏して生まれ、鬼籍に入る。(人は生まれた時は伏した状態で、亡くなった時も伏している)歩みを進め、社会とかかわる。坐して息い、書を読み考える。」人に共通する伏、歩、坐という三つの姿勢の中でも、坐すという行為には最も人間らしさが表れており、椅子はこのための大変重要な道具と言えます。椅子の起源は古代エジプトまで遡り、歴史の中で様々な意味を担い、機能・性能・デザインにおいて多くのチャレンジがなされてきました。しかしながら、人間の骨格、特に腰椎の下端が骨盤と一体化しているということで、長時間同じ姿勢で椅子に坐ると疲労するようにできているそうです。従って坐りやすさという性能の追求にはゴールが無いのかもしれません。
30脚の椅子に触れ、坐ってみてください。使用された樹の来歴を知り、作家の想いに触れ、日本の森林資源の持続可能性への取り組みに共感を持っていただくことができましたら、企画者として大変嬉しく思います。
最後に、主催の公益財団法人 竹中育英会、ご協力いただきました作家の皆様、三富地域農業振興協議会、シェアウッズをはじめ、関係機関、各位に対しまして、深謝申し上げます。