薬師寺食堂(竣工)

屋根は常に風雨にさらされる場所であり、また地震の震動も大きい。そのため屋根に葺かれた瓦は長年の間には当初の位置からずれることもあり、それが雨漏りの原因の一つとなる。したがって本瓦葺きの場合、通常は70年から100年毎に葺き替えがなされる。

一定の周期で葺き替えられるため、瓦そのものは飛鳥時代のものが残っていても、当時の瓦の葺き方についてはまだ分からないことが多い。そのため平城宮跡大極殿の復元工事をはじめ、現在の文化財建造物の屋根は、耐久性や荷重軽減などを考慮した現在の工法で瓦が葺かれている。ここでは大極殿や薬師寺食堂の工事を中心に、現在の瓦の葺き方を紹介する。

1. 原寸図を描く

山本瓦工業では、施工に先立って屋根の原寸図を描く。これが瓦葺きのすべての作業の基になる。原寸図とはその名の通り、屋根の納まりを原寸大で描いた図面である。これがあれば、複雑な形の屋根でも事前に納まりを検討し、工事関係者の意志の統一を図ることができる。そして施工に際しても、原寸図を基に施工用の型板を作れば複数の人間が屋根の各所で作業してもバラバラな形になるのを防ぐことができる。瓦の作製も、原寸図で描いた瓦の形を想定して行われる。現在のガス窯では瓦は焼き上がった時に約13%の大きさに縮むため、それを見越して粘土の成形を行っている。

上層降棟断面原寸図(平城宮跡大極殿 )

瓦の型板を使って原寸図を描く

2. 瓦の選別

瓦は焼き物なので、同じ規格で作っても形に微妙な違いが生じてしまう。しかしそれらを適材適所に使い分ければ、かえって屋根の機能や美しさを向上させることができる。事前にそれらを選別し仮並べをした上で、屋根の所定の位置に使えるようにしておく。平瓦は深いものを軒先に、丸瓦は幅の狭いものを軒先に使う。ねじれた瓦は軒先の曲面部分に使う。屋根のどこに葺くかを示す数字を瓦に書いておけば、現場では数字の通りに葺くだけで良い。

屋根面に瓦を置いた様子(薬師寺食堂新築工事)

仮並べして瓦の通りを見る

3. 平瓦を葺く

本瓦葺きには平瓦と丸瓦の2種類の瓦を使うが、まず平瓦だけを先に葺くのが一般的である。平瓦は軒先から棟に向かって葺いていき、現在は釘で下地に固定されている。瓦を葺くときに最も大事で難しいのは、平瓦を凹凸なく平らに葺くことである。正しく葺かれている瓦は、斜めから見ても瓦の線が通り、屋根面に美しい模様を描き出す。この模様を出すために、瓦葺き職人はすべての瓦に神経を行き届かせなければならない。

平瓦葺き完了(薬師寺食堂新築工事)

平瓦を釘で緊結する

軒平瓦の様子

4. 丸瓦を葺く

平瓦を葺き終えれば、次に平瓦の隙間をふさぐように丸瓦を葺いていく。平瓦は葺き土を使わない「空葺き」が多くなったが、丸瓦は今でも漆喰で固定するのが一般的である。また現在では丸瓦を銅線で下地に結び付け、落下するのを防いでいる。丸瓦は頭(上端)より尻(下端)の方を細く作っているため、葺き上がって下から見た時に尻の小口が見えず、あたかも軒から棟までの一本の長い円筒の様に見える。

丸瓦葺き完了(薬師寺食堂新築工事)

漆喰を置く

丸瓦を葺く

5. 棟を積む

瓦を軒先から葺き上げていくと、最後に斜面頂上の稜線に到達する。これらの稜線をふさぐのが棟である。棟には屋根面の端部を押えて雨漏りを防ぐ機能的な意味の他に、屋根の輪郭線を際立たせる視覚的な効果もある。そのため棟は端部を反り上げて屋根の形に勢いを与える。その反りを正確に出すために型板や糸を基準に使う。棟の端部には鬼瓦を据える他、古代では屋根頂上の棟の両端に鴟尾を据えた。

隅棟積み完了(薬師寺食堂新築工事)

鳥居で棟の基準線を出す

型板で棟の断面を確認する