フィンランドの伝統装飾 ヒンメリについて

ヒンメリとは、天井に吊るされた麦わらから作られた飾りをさします。ごくありふれた飾りではありません。ヒンメリという名前は、「天」を意味するドイツ語の「Himmel」に由来しています。フィンランドの伝統装飾ヒンメリは、ライ麦のわらと糸で作られた幾何学形を組み合わせて、天井からシンメトリーに吊り下げたモビールです。ヒンメリの特長はその「存在感」と「調和」にあります。ヒンメリの存在感はその動きによって生み出されます。ヒンメリの動きは幸運をもたらすと言われています。一定方向にしばらく回転すると、少しの間止まり、反対方向に回り始めます。その存在を常に感じられます。そして麦わらは金色に光り、幾何学形を美しく浮かび上がらせます。ヒンメリは単なる飾りではなく、その動きによって空間にエネルギーを与えるのです。古くから家庭の大切なシンボリックな飾りであり、家庭の雰囲気を醸し出すものとされていました。

ヒンメリのもう一つの特長は調和です。それは美しさと同じものと私は考えています。調和はヒンメリの大きさに適した素材を選ぶことによって生まれます。そしてこの調和になくてはならないのが、麦わらに囲まれた「間」です。調和とは見ている人の心まで響く美しさです。100年ほど前まで、フィンランドのほとんどの家庭の天井にヒンメリが飾られていました。新年を占う麦わらが天井に渡された梁に残ったものがその起源です。そして麦わらに糸を通してつなげたことで、ヒンメリの形が生まれました。金色のライ麦のわらを選りすぐって作られたヒンメリは、静かに回転して光を反射させうす暗い広間で輝きました。ヒンメリはかつてフィンランド馬の金色の毛で吊られていて、吊り糸がないように見えました。するとヒンメリは解放され自由に回転しているような錯覚を引き起こしました。ヒンメリはクリスマスの幸運のお守りだっただけでなく、人生の節目のお祝いの場でも幸運を呼ぶものでした。ゆりかごの上に吊られることもありました。生まれたばかりの赤ちゃんにもヒンメリは幸せをもたらしたのです。現在のヒンメリはとてもシンプルですが、以前は、特に結婚式に飾られたものは美しく装飾されていました。鏡や紙で飾り付けられたヒンメリは、結婚式を執り行う広間を厳粛に演出し、招待客が踊り始めると回転してキラキラと輝きました。

ライ麦のわらはヒンメリに使われてきた伝統的な自然の素材です。古くからライ麦はフィンランド人に欠かすことのできない穀物でした。苦境の時代もライ麦によって生き延び、「神様の穀物」とも呼ばれています。ライ麦が育たなければ、食卓には主食のパンさえなかったのです。私達フィンランド人はライ麦から茶色いライ麦パンを作り、今でも毎日のように食べています。私の生まれたフィンランドは美しい岩盤からなる寒冷な気候の国です。冬はとても長く、穀物が育つ夏はあっという間です。このような気候にも順応した穀物がまさにライ麦でした。ライ麦は厳しい条件でも育つのです。秋にライ麦をまくと、数日で赤い芽が発芽し始めます。冬は雪の下で越冬し、春になると土から芽を出し、ほとんど太陽が沈まない白夜の盛夏まで成長を続け、穂は輝くような紫色になります。そして花が咲き、授粉します。花粉が畑の一角から飛び始めると、まるで夢のように全体に広がります。瞬く間の出来事です。昔から花が咲く光景は神聖なものとされてきました。フィンランドには「ライ麦は9日で開花し、9日で成長し、9日で熟す」という言い伝えがあるほど、開花は心待ちにされることでした。開花を迎えることは、私達夫婦にとっても神聖なことです。フィンランドでは夏の盛りである夏至祭の頃です。麦わらはその時点ではまだ緑色ですが、日光にあてて乾燥させ、ヒンメリの黄金色の麦わらになります。私は20年に渡り麦わらを採取していますが、開花した後に刈り取った麦わらがヒンメリの素材として最適です。美しさの基準は人によってさまざまであると言われますが、私たち皆が同じように美しいと感じる、永遠で絶対的な美しさは存在します。ギリシャの哲学者プラトンは、2千年も前に「美しさは、直線と円、そしてそれらの組み合わせからできた数学的法則に従った形にある」と述べています。ヒンメリはまさに数学的法則に従った形、「幾何学」です。

プラトンは宇宙をモデル化することにも取り組み、5つの正多面体を見出し、それによって太陽系を統合しようとしました。正4面体、正6面体、正8面体、正12面体、正20面体を発見したのです。プラトン立体と呼ばれるこれらの中の正8面体が、ヒンメリの基本形です。
ヒンメリにおいて、構成材である麦わらなどの素材と同じぐらい重要なものは、それによって作り出される「間」です。ヒンメリはミニマムな部材からできているので、それが特別な意味を持つのです。「間」はヒンメリにとって不可欠なもの、それがなければ調和は生まれません。空間と物質のバランスが重要なのです。
「幾何学」は、自然界のあらゆるところにあります。植物、樹木、昆虫、動物は、どれも美しく素晴らしい形からできています。また原子と惑星は完璧な幾何学形を成しています。1623年、ガリレオ・ガリレイは、「宇宙の壮大な書は、数学という言葉によって三角や円などの幾何学形を用いて書かれているが、これらの形がなければ、ひとことも理解することができない」と書いています。シンメトリーに展開するフラクタルは無限に拡張し、これによって自然現象を図解的に表すことができます。これは自然自体がフラクタルだからです。

私たちは農場を所有し、夫がライ麦を育てています。農薬使わずに栽培する有機農場です。母なる大地を敬い自然を守ることを、私たちはとても大切なことと考えています。夫の祖父母が始めたこの農場を、伝統を守りつつ現代の生活に合わせて、受け継いでいきます。夫の背丈ほどまで育つ古来種のライ麦も栽培しています。農業に携わりながら自然のサイクルと季節の移り変わりを感じ、その一部として生きることは素晴らしいことです。