左官鏝の種類をすべてあげれば千に至るといわれます。左官・久住章はすべての仕様を習得したといわれます。
古代中国の漢字書体から派生し、日本で形態論として形成された「真行草」の概念は、連歌・能・花・茶・庭などの芸にも伝幡しました。特に数寄屋建築では一定の形式を形づくる上で大切です。
久住の鏝のほとんどは、この数寄屋の表現のために用意されたものです。ひとくちに土壁とはいっても、表面の粗さを「肌理」と呼んで粗細を使い分けるとともに、開口部の丸みに至って表情をかえます。
座敷をつくる時、土壁を使うことはすなわち「行」または「草」を意味しますが、その中でも真行草の格式を整えます。これを「行の草」や「草の真」などといって表現します。
たとえば角柱に竹の角窓が使われていれば、聚楽土を細目に使った水捏仕上げとし、窓枠もピン角とするのです。丸みにもそれぞれの格式に合わせた曲率を用意します。そのすべてに応えられる備えが道具立てに現れています。
角柱に寒竹角窓の下地窓の設えに応えるため、色味を抑えた聚楽土をいちばん細かな水捏仕上げを選択し、窓枠には和紙で下地を補強して正確な角を立たせています。
面側付の丸柱に皮付ヨシの角窓の下地窓の設えに応えるため、黄緑色の稲荷山黄土で切り返し仕上げとしています。水捏ねと切返しは、主に苆の長さが異なる違いですが、やや肌理が粗くなります。窓枠にはやや丸みをおびさせます。曲部がこのように直線なのか、曲がっているかによっても鏝面の長さを変える必要があります。そのために夥しい数の役物が用意されるのです。
杉の錆丸柱に皮付ヨシの丸窓です。荒々しい引き摺り痕をまとった赤錆土で仕上げます。丸窓の枠は型を当てずに細工用の決め繰り鏝を使ってフリーハンドで仕上げています。柔らかな曲線に左官の感性がそのまま表現されています。